人的資本とは?若い人ほど投資リスクを取れる、だけではない理由
「若い人は、運用期間が長いから株式を多く持ってよい」。資産運用では、よく聞く説明です。考え方として妥当な面はありますが、年齢だけで投資額を決めると、大切な条件が抜けます。
同じ30歳でも、安定した収入がある人、転職直後の人、フリーランスの人、健康上の理由で働き方を調整している人では、家計が耐えられる値下がり幅が異なります。教育費や住宅購入の予定も影響します。
若いうちは攻めていい?
タヌキ: 若いし、株は多めで
資産配分を考えながら
1- 2
ラッコ: 来年、転職するけど
- 3
タヌキ: ……家賃は待たない
- 4
ラッコ: 予定も書いとこ
結論|投資できる金額は、年齢だけで決めません。将来の労働所得を「人的資本」として考え、予定支出、収入の安定性、生活防衛資金と合わせて判断します。若くても収入が不安定なら投資額を抑える場合があります。反対に、年齢が上がっても、生活費を十分に確保できるなら、機械的にすべてを現金化する必要はありません。
人的資本は、将来の労働所得を現在価値で考える概念
人的資本とは、将来働いて得る所得を、現在の価値へ換算して考える概念です。厳密な金額を一つに決めるのは困難ですが、家計全体を見渡すための視点として役立ちます。
たとえば、30歳の会社員が持つ金融資産が、普通預金100万円と投資信託200万円だけだとします。口座残高だけを見ると、資産は300万円です。しかし、今後も働いて収入を得る見通しがあるなら、生活を支える力は現在の金融資産だけではありません。
次の図は、毎年400万円の労働所得が年末に得られ、割引率を年2%とした単純な現在価値です。失業、病気、昇給、税金、物価変動は省略しています。個人の人的資本を正確に見積もるものではありません。
将来の労働所得を現在価値へ換算する説明用シナリオ
毎年400万円の所得を年末に受け取り、割引率を年2%とした単純計算です。
計算: 400万円 × {1 - (1 + 2%)^-年数} / 2%。人的資本と労働所得リスクを含むポートフォリオ選択の研究背景: [NBER-VICEIRA-1999]。
若い人は働ける期間が長い傾向にあり、将来の労働所得も大きくなりやすいものです。このため、現在の金融資産が少なくても、家計全体では一定の余力がある場合があります。
人的資本が大きいから、株式を多く持てるとは限らない
人的資本は、普通預金のようにいつでも引き出せる資産ではありません。将来の所得には不確実性があります。
会社員でも、勤務先の業績、雇用形態、健康状態、介護、育児で収入は変わります。個人事業主なら、景気の悪化と収入減が同時に起きる場合があります。勤務先の業績が株式市場と強く連動する業種で、自社株も多く持っているなら、収入と金融資産が同時に減るリスクがあります。
Luis M. ViceiraのNBERワーキングペーパーは、売買できない労働所得を持つ長期投資家のポートフォリオ選択を分析しています。労働所得のリスクが株式リターンと無相関である場合、就業者は退職者より、貯蓄のうち株式へ投じる割合を大きくできるという結果を示しています。一方、労働所得の不確実性が大きくなる場合や、労働所得と株式リターンが正に相関する場合は、リスク資産への配分を抑える方向に働きます。
将来の支出も、同じ時間軸で考える
資産側だけを見ても、投資できる金額は決まりません。将来必要になる支出も含めて考えます。住宅費、教育費、生活費、医療費、介護費などです。
将来の支出予定は、家計にとっての制約です。5年後に住宅の頭金として500万円が必要なら、その資金を株式へ投じると、支払い直前の下落に対応できない可能性があります。子どもの大学進学が近いなら、学費として使うお金は徐々に値動きの小さい資産へ移すほうが扱いやすくなります。
人的資本が大きい人でも、近い将来の支出が大きければ、投資へ回せる金融資産は減ります。反対に、退職後でも、年金などで生活費を賄え、十分な現金を確保できているなら、年齢だけを理由にリスク資産をすべて売却する必要はありません。
リスク資産は、比率と損失額の両方で考える
「金融資産の70%を株式にする」といった比率は分かりやすいものです。しかし、家計への影響を考えるには、損失額でも捉える必要があります。
金融資産300万円の人が70%を株式へ投じると、リスク資産は210万円です。金融資産3,000万円の人が同じ70%を投じると、2,100万円です。40%下落した場合の評価損は、それぞれ84万円と840万円です。
家計が耐えられるかを考えるときは、割合より「何万円減る可能性があるか」のほうが具体的です。
たとえば、40%下落時に200万円の評価損までなら家計が耐えられると見込む場合、リスク資産の上限は500万円です。60%下落でも保有を続けられるか、収入減が重なっても生活防衛資金が足りるかも検討します。
先に守るお金を分ける
人的資本を考える目的は、投資額をできるだけ増やすことではありません。家計の制約を見落とさず、取れるリスクを現実的に決めることです。
リスク資産へ回す金額を決める前に、お金を用途別に分けます。
- 日常の支払いに使うお金。
- 失業、休業、急な出費に備える生活防衛資金。
- 数年以内に使う住宅費、教育費など。
- 下落しても使う時期を調整できる長期資金。
株式投資の候補は、基本的には4つ目です。収入が不安定な時期、転職、育児休業、独立開業などを予定しているなら、生活防衛資金を厚くする考え方もあります。
人的資本を育てる支出もある
若い時期には、金融商品を買うことだけが将来への投資ではありません。学習、資格、転職準備、健康維持、働き方を整える支出が、将来の所得や選択肢につながる場合があります。
すべての自己投資が高い成果を生むわけではありません。それでも、金融資産だけを増やそうとして、仕事を続けるために必要な支出まで削ると、家計全体では逆効果になりえます。
資産形成は、証券口座の残高だけを競うものではありません。安心して働き、必要なときにお金を使える状態を作ることが目的です。
理屈っぽい人のための補足
人的資本は、将来所得の割引現在価値として表せる
将来所得を Y_t、割引率を r とすると、人的資本の単純な現在価値は次のように表せます。
将来所得が安定しているほど、人的資本は債券に近い性質を持つと考えやすくなります。ただし、勤務先、職種、働き方によって不確実性は異なります。所得が景気や株式市場と強く連動する場合、人的資本と株式を単純に別の資産として扱うと、家計全体のリスクを小さく見積もる可能性があります。
本文の図では、毎年の所得を400万円で一定とし、年末に受け取る前提で計算しています。この場合、今後 n 年分の現在価値は、400万円 × [1 - (1 + r)^(-n)] / r です。割引率 r を高くすると現在価値は小さくなります。図の金額は、割引率を年2%とした説明用シナリオです。
将来支出を差し引いて、家計全体を捉える
家計全体を単純化すると、現在の金融資産と人的資本から、将来支出の現在価値を差し引いて考えられます。
これは、ただちに投資へ回せる金額を示す式ではありません。人的資本は換金できず、将来支出の時期や金額も変わります。どの条件が変わると、投資へ回せる金額を見直す必要があるかを整理するための概念式です。
長期投資でも、将来資産額のばらつきは残る
元本を W_0、各年のリターンを R_t とすると、T 年後の資産額は次のように表せます。
若い人がリスクを取りやすい理由を、運用期間だけで説明するのは不十分です。今後の所得、支出を調整できる余地、生活防衛資金、現在の金融資産額まで含めると、家計の実態に沿って判断しやすくなります。
シミュレーターでライフイベントと積立額を並べる
積立シミュレーターでは、本人の年齢、家族構成、運用中の残高、教育費、住宅購入、積立の減額・停止、一時引き出しを同じ時間軸で確認できます。将来所得の不確実性は再現しないため、収入が減る場合も別途考えてください。
参考・出典
- [NBER-VICEIRA-1999] NBER「Optimal Portfolio Choice for Long-Horizon Investors with Nontradable Labor Income」(2026年6月1日確認)
- [YAMAZAKI-HUMAN-CAPITAL-2023] トウシル「個人の資産運用における人的資本とライアビリティ」(2026年6月1日確認)
- [INVESTORGOV-ASSET-ALLOCATION] Investor.gov「Asset Allocation and Diversification」(2026年5月31日確認)